雲の上にも世界があることを知ったのは
十八のときだ

白い霧の中を抜けると
そこには冬の海があった
遠く北の果てから往き着いた流氷が
重く流れていた
身を切るほどの冷たさの中を
いるかもくじらも
悠々と泳いでいる

やがて海の先に陸が見えた
大地は荒れていた 木一本生えていなかった
赤砂の山々が続いている
谷は底なしの淵だ
しばらくして大きな川の流れに至った
向こう岸に街も見える
白い石造りの家々
丸屋根に照り返す光が眩しい
川の中に浮かぶ小さな島は
聖ミカエルの降りた山に似ていた
よく見ると川底にも街が沈んでいた
青白いビルヂングの森は今や
魚たちの住処だ

川向こうの街が途切れ
草原が続いた
うつくしい夏の光に輝いていた
緑のにおいがここまで薫ってくる
遠くの丘を羊の群れが横切り
精悍な汗馬が 数頭こちらへ駈けてくる

川中に並ぶ三つの城
石を積んだだけの苔むした櫓の上で
銃をささげた わかい兵士が
飛び去るつばめを目で追った

城をすぎると徐々に川幅が狭まってゆき
やがて二つに分かれた
手前の川は小さな池に流れ込み
向こうの川は遠く空に溶け込んでいった
水を失った大地は
また荒野がつづいた

大地も終わるところがきた
荒れ野は突然に途切れ
深くえぐれた断崖となった
今まで見えていたのは 洋卓状の台地だったのだ
台地の裾野には山々が広がっていた
紫にけぶる壮麗な山脈
神々の棲む山であると
ひと目みてわかった

山々はひとつの湖を守るようにそびえていた
そこでは天と地が交わり
青い水底には 死者の魂がねむる
深いまどろみのなかで ときおり洩れる吐息が
鏡のような水面にやわらかく波をたてていた